Page 11 - 新生への道-text
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です。そして「わが神、わが神、どうしてわたしをお見
捨てになったのですか」(マタイ27:46)という苦
しい叫びがそのくちびるをついて出たのです。罪の重
荷、罪の恐ろしさ、神から遮断されることなどが神の子
の心を砕いたのでした。

しかし、この大きな犠牲が払われたために、天の神
のみ心に、人に対する愛の気持ちを起こさせたのでもな
ければ、救いたいとの考えを生じさせたのでもありませ
ん。いいえ、そうではなくて、「神は、そのひとり子を
賜ったほどに、この世を愛」(ヨハネ3:1)されたの
です。神は、その大きななだめの供え物のゆえに、私た
ちを愛されたのではなく、私たちを愛するゆえに、なだ
めの供え物をお与えになったのです。キリストは、罪に
落ちた世界に神の限りない愛を注がれる仲介者でした。
「神はキリストにおいて世を御自分に和解させ」(Ⅱコ
リント5:19)とあります。神はみ子と共にお苦しみ
になりました。ゲッセマネの苦しみ、カルバリーの死を
通して、限りない愛を持たれる神は、私たちのあがない
の代価をお払いになったのです。

イエスは、「父は、わたしが自分の命を捨てるから、

01 人類への神の愛 | 11
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