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く、神様の正義とあがないの力を弁護するという、より大きな使命を
果たさなければならないからです。この問題は後ほどさらに学びま
すが、14万4千人が、最後の世代である理由を、さらに注意深く調
べてみましょう
14万4千人関しては、一般に二つの考え方があります。まず、14
万4千人はアダムの時代以来の、あがなわれた全聖徒の象徴であ
ると考える人たちです。この見解は、現在どんどん広まりつつありま
す。多くの神 学 者 が、14万4千人は何かの 特 別な一団ではないの
で、ストレスを感じる必要はなく、まして、その一員となるために奮闘
努力する必要などないと言っています。
もちろん、14万4千人の役割を果たすことが出来るのは、神様の
恵みと聖霊の力によるものであって、私たち土の器のような人間に
は、何の功績も価値もありません。しかし、神様の力を受けて、最後
の時代に生きる私たちには、全世界に向かって、いいえ、全宇宙に向
かって果たすべき役割が明確に存在するのです。
もうひとつの考えは、14万4千人は、最後の時代を生きる人々で
あっても、必ずしも最後の大艱難を通過して、生きたまま天に移され
る人たちのことではないというものです。この考えも、14万4千人の
特別な役割と、彼らが最後の特別に選ばれた群れであることを否定
するという点では、最初のものと似た考えです。
それではなぜ、14万4千人が最後の世代であるかを考えてみまし
ょう。まず、14万4千人が字義通りの数なのか、象徴的な数なのか
明確ではありませんが、重要な点は、彼らが最後の世代として、成し
遂げなければならない、重要な役割があるということです。それは、
特定の数字であり、あらゆる時代の救われた人々ではなく、同じ世
156 │ 聖所‐福音の道しるべ
果たさなければならないからです。この問題は後ほどさらに学びま
すが、14万4千人が、最後の世代である理由を、さらに注意深く調
べてみましょう
14万4千人関しては、一般に二つの考え方があります。まず、14
万4千人はアダムの時代以来の、あがなわれた全聖徒の象徴であ
ると考える人たちです。この見解は、現在どんどん広まりつつありま
す。多くの神 学 者 が、14万4千人は何かの 特 別な一団ではないの
で、ストレスを感じる必要はなく、まして、その一員となるために奮闘
努力する必要などないと言っています。
もちろん、14万4千人の役割を果たすことが出来るのは、神様の
恵みと聖霊の力によるものであって、私たち土の器のような人間に
は、何の功績も価値もありません。しかし、神様の力を受けて、最後
の時代に生きる私たちには、全世界に向かって、いいえ、全宇宙に向
かって果たすべき役割が明確に存在するのです。
もうひとつの考えは、14万4千人は、最後の時代を生きる人々で
あっても、必ずしも最後の大艱難を通過して、生きたまま天に移され
る人たちのことではないというものです。この考えも、14万4千人の
特別な役割と、彼らが最後の特別に選ばれた群れであることを否定
するという点では、最初のものと似た考えです。
それではなぜ、14万4千人が最後の世代であるかを考えてみまし
ょう。まず、14万4千人が字義通りの数なのか、象徴的な数なのか
明確ではありませんが、重要な点は、彼らが最後の世代として、成し
遂げなければならない、重要な役割があるということです。それは、
特定の数字であり、あらゆる時代の救われた人々ではなく、同じ世
156 │ 聖所‐福音の道しるべ