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私は神様の力を信じています。神様の、可能にしてくださる力を
信じています。神様がこの土の器に息を吹きかけられると、それは
生きた魂となります。これが義であります。それを私たちが経験する
に、そしてそのに、主は私の義ということができるのです。

どれほど皆さんの心が悪に染まっていたとしても大丈夫です。ど
れほど罪深い生涯を送ってきたか、皆さんが親や先祖からどんな悪
の傾向を引き継いできたか・・・。ある人は、親がアル中だったかも
しれません。とてもヒステリーのお母さんだったかもしれません。そ
んなことは、どうでもいいんです。皆さんが信仰によってイエス・キリ
ストの義を受け入れるならば、そのみ言葉が力となって働きます。イ
エス様を心に受け入れ、心に入っていただくとき、約束のみ言葉を受
けることになります。み言葉が心の中で力を発揮するのです。

このことについて、実際の経験を皆さんに幾つも幾つもお話する
ことができます。例えば、私があまり好きでない人と関わるに、また
誰かによって、何かによって、ある衝動に駆られたとします。その、私
はすぐにイエス様の義に頼ります。では、どのようにして私たちは、神
様の義を受けることができるのでしょうか。

義は自分の立派な行いではない

ルカ18章に、取税人とパリサイ人の祈りが書かれています。パリ
サイ人は、自分が邪悪な、罪深い者でないことを神様に感謝しまし
た。たとえば、こういう祈りですね。「神様、私は健康メッセージを信
じています。このような者になれたことを感謝します。私は什一献金
をささげていて、いろんな諸献金もささげています。私は妾とか持っ
ていません」。

このパリサイ人は、自分が習慣、伝統に従って忠実に正しく生きて
いる、だから自分は義なるものだと心から信じていたんですね。一

58│信仰のリバイバル
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