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◆ 西暦325年のニケア宗教会議(Nicaea)
太陽の日である日曜日を復活節として聖守するように決議(Euse-

bius, Vita Constantini. Life of Constantine, bk. Ⅲ, chp. 17. in Frank H.

yost, p.49)。

◆ 西暦343年のサルディカ会議(Sardika)
太陽の日である日曜日を「復活の日」として、日曜日がいかに神
性であるかを述べ、この日を、「主の日(Lord’s Day)」に改称し、聖
職者が旅行中に「主の日」を三度犯せば除名することを第11条に
明記するよう決議(Charles Joseph Hefele, A History of the Christian

Councils, Vol.2, Trans, and ed. by H. N. Oxenham. Edinburgh: T. and T.

Clark, 1986. pp. 143-145. in Frank H. yost, p. 49)。

◆ 西暦364年のラオデキヤ宗教会議(Council of Laodicea)
日曜遵守がついに公的に承認される。「キリスト者たちは、ユダ
ヤ化して安息日に怠けてはならない。その日には、必ず働かなけれ
ばならない。しかし彼らは、主の日(日曜日)を特別に尊重して、キ
リスト者として可能な限り、この日は働かないように。それでも、も
し彼らがユダヤ化するなら、キリストから呪いを受けるであろう」

(Synod of Laodicea, Canon 29, as translated in Nicene and Aante-Nicene

Fathers(Graahd Rapids:1971). Second Serics, vol. 14, 148)。
ローマ皇帝コンスタンティヌスは、異教とキリスト教を政治的に

キリスト教会に入ってきた異教の風習イースター、クリスマス 119
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