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死を見ないで、生きたまま天に移されるクリスチャンは、この罪の除
去という素晴らしい祝福を受けることが出来ます。

ある人は、罪の除去についてよく知らなくても、救いを得ることに
は何の支障もないと考えるかも知れません。しかしこれは、私たちの
罪が、どのように除去されるかという知識の問題ではなく、罪が除去
されるためには、どのような信仰者にならなければいけないかという
極めて具体的な問題なのです。私たちは、神様が私たちの罪を消し
去って下さることを可能にする、神様との生きた経験を持たなければ
なりません。救われる聖徒たちのために用意された、あがないの最
終の経験についての研究は、大きな喜びをもたらすことでしょう。

それでは、聖書を開いて「罪の赦し」と「罪の除去」の違いについ
て学んでみましょう。

1)罪の除去

聖書は、悔い改めた罪はすべて消し去られると、約束しています。
「わたしこそ、わたし自身のためにあなたのとがを消すものであ
る。わたしは、あなたの罪を心にとめない」(イザヤ43:25)。
ダビデは自分の罪を悔い改めた時、次のように祈りました。
「神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなた
の豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去って
ください。わたしの不義をことごとく洗い去り、わたしの罪からわた
しを清めてください。・・・み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義
をことごとくぬぐい去ってください」(詩篇51:1、2、9)。
罪の除去という言葉を聞くと、私たちは一般的に次の二つの場合
を連想します。「罪の赦しによって、私たちが罪を全く犯さなかった

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