Page 94 - RememberMe!
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ティスモスの安息に入った者は、神がご自分の作業を休まれたよう
に、自らの作業を休むということです。神は、いつどのように休まれ
たのですか?ここで記者はもういちど、創世記2章2節の第7日安息
日に言及しています。アダムとエバにとって、彼らが迎えた最初の日
は安息日でした。人生最初の日にアダムとエバが見たものは、7日目
の安息を楽しまれる神のお姿でした。アダムとエバの人生は、重い
義務と仕事から始まったのではなく、神と共に過ごす安息から始ま
ったのでした。これこそ福音の真髄であり、真の安息の起源なので
す。ゆえに、へブル人への手紙4章10節は次のように解釈できます。
「キリストに出会い、彼が下さる安息に入った者は、7日目に神がご
自分の仕事を休まれたように、自らも第7日に仕事を休む」と。
7 「したがって、わたしたちは、この安息(κατ παυσιν)に
はいるように努力しようではないか。そうでないと、同じ
ような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかも
しれない」(ヘブル4:11)。
安 息は、未 来 の 経 験 ではありません。それは、すでに信じてい
る者たちが入るべき(4:3)、現在の経験です。またそれは、私たち
も入る努力をすべき、今の私たちの問題でもあります。ですから、
私たちより先に福音を受けたのに、不従順によって安息に入るこ
とができず、荒野で滅びたイスラエルと同じ道をたどってはいけ
ないのです。
94 Remember me!
に、自らの作業を休むということです。神は、いつどのように休まれ
たのですか?ここで記者はもういちど、創世記2章2節の第7日安息
日に言及しています。アダムとエバにとって、彼らが迎えた最初の日
は安息日でした。人生最初の日にアダムとエバが見たものは、7日目
の安息を楽しまれる神のお姿でした。アダムとエバの人生は、重い
義務と仕事から始まったのではなく、神と共に過ごす安息から始ま
ったのでした。これこそ福音の真髄であり、真の安息の起源なので
す。ゆえに、へブル人への手紙4章10節は次のように解釈できます。
「キリストに出会い、彼が下さる安息に入った者は、7日目に神がご
自分の仕事を休まれたように、自らも第7日に仕事を休む」と。
7 「したがって、わたしたちは、この安息(κατ παυσιν)に
はいるように努力しようではないか。そうでないと、同じ
ような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかも
しれない」(ヘブル4:11)。
安 息は、未 来 の 経 験 ではありません。それは、すでに信じてい
る者たちが入るべき(4:3)、現在の経験です。またそれは、私たち
も入る努力をすべき、今の私たちの問題でもあります。ですから、
私たちより先に福音を受けたのに、不従順によって安息に入るこ
とができず、荒野で滅びたイスラエルと同じ道をたどってはいけ
ないのです。
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