Page 90 - RememberMe!
P. 90
福音を聞いても神と和合しない人々は安息に入ることができま
せんでしたが、信じて和合する人は安息に入るということです。「入
ることができる」は現在形であり、すでに入っていて、現在も引き
続き入っていけるという意味です。この事実は、安息がなおも開か
れているということを表しています。なぜなら、パウロが書簡を記
していたちょうどその時代にも、安息に入っている人たちがいたか
らです。

信じる私たちが入る安息とは、何を意味するのでしょうか?信じ
る者の入るべき安息は、単なる休息や何らかの休みではなく、元来
の安息のことです。元来の安息とは何でしょうか?ヨシュアは、イス
ラエルをカナンの地まで導きましたが、彼にも与えることのできな
かった安息、すなわち神が各世代を招いておられた、ただ信じる者
だけが入ることができる霊的な安息、それは、どのようなものであ
ったのでしょうか?それは、神がこの世界を創造なさった時から、
人類に与えておられた安息のことです。

世界が創造されたちょうどその時から、神はご自分の民に安息を
与えようと計画しておられました。この事は、創造の7日目に神ご自
身が安息なさり、また神と共に安んじるよう人間を招かれた事実か
らも明らかです。神は、安息なしに仕事ばかりするように、人を創造
なさったのではありません。人の全存在が安息することを願われま
した。創造主は、ご自分の被造物たちが生命の充足、完全に満足し
た生活、そして仕事と休息が最も適当に調和した幸福な生涯を送る

90 Remember me!
   85   86   87   88   89   90   91   92   93   94   95