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「このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わ
たしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。…
そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わ
っている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているから
である」(ローマ5:1、5)。

聖霊は、毎日、信じる者の心の中に、神様の愛を注いで下さいま
す。それによって私たちは、み言葉に従って生きたいという、切なる願
いが起きてくるのです。肉によって無力になっていたために、律法に
従うことが出来なくなっていた私たちに、福音の力によって、律法の
要求に応じる心を創り上げて下さるのです。

(4)愆際(けんさい)

愆祭は罪祭とほとんど同じ儀式でした。ひとつ違う点は、愆祭は
他人のものを侵害したり損害を及ぼしたとき捧げる儀式でしたが、
赦しのために犠牲のいけにえを捧げることはもちろん、その侵害し
たものはそのまま返さなければならず、また、それに五分の一を加え
て弁償しなければなりませんでした。

「主はまたモーセに言われた、『もし人が罪を犯し、主に対して不
正をなしたとき、すなわち預かり物、手にした質草、またはかすめた
物について、その隣人を欺き、あるいはその隣人をしえたげ、あるいは
落し物を拾い、それについて欺き、偽って誓うなど、全ての人がそれ
をなして罪となることの一つについて罪を犯し、とがを得たならば、
彼はそのかすめた物、しえたげて取った物、預かった物、拾った落し

第4章 │ 77
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