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て、燔祭として捧げようとした時、そして、その父の手が止められ、神
様が供えられた小羊がイサクの代わりに捧げられた時、全天は、人
間のために神様が用意しておられた、驚くべきあがないの奥義を、は
っきりと理解したのでした。

こうして、アブラハムの 経 験は、神 様に従う義 人たちが、最 終 的
に、どのような信仰を表明するのかを教えるものとなりました。神様
が人類の救いのために、自分の愛するひとり子を、いけにえとして送
り出されたように、救われた罪人は、自分の最も愛するものさえ放棄
して、主のみ前に差し出す義の心を持つようになります。そして、神
様に完全に服従する信仰を表明することによって、あがなわれた人
間は、天におられる聖なる方と再び共に住んでも安全であることが
証明されるのです。

(2)酬恩祭

1、酬恩祭を理解する

「もし彼の供え物が酬恩祭の犠牲であって、牛をささげるのであ
れば、雌雄いずれであっても、全きものを主の前にささげなければな
らない。彼はその供え物の頭に手を置き、会見の幕屋の入口で、これ
をほふらなければならない。そしてアロンの子なる祭司たちは、その
血を祭壇の周囲に注ぎかけなければならない。彼はまたその酬恩祭
の犠牲のうちから火祭を主にささげなければならない。すなわち内
臓をおおう脂肪と、内臓の上のすべての脂肪、二つの腎臓とその上の
腰のあたりにある脂肪、ならびに腎臓と共にとられる肝臓の上の小

50 │ 聖所‐福音の道しるべ
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